February 09, 2015

血と暴力の国 (コーマック・マッカーシー)

41ecpzi44ql_sy344_bo1204203200_ 映画「ノーカントリー」の原作であるコーマック・マッカーシーの小説であるが、実はワタシ映画は未見。
 なんかね、一昨年に観た「悪の法則」という映画の悪夢を未だに引きずっていて、その原作者の小説を読んでみようと思いたち手に取った次第。
 一口にこの小説のプロットを説明すると、マフィアのお金をたまたま拾ってネコババした男が暗殺者に追われ逃げ回るというもので、スリラーのようでありますが、この暗殺者の持っている理不尽にも思える行動ロジックが暗示めいていて、ただ怖がるというのでなく読書に考えさせるものを持っています。映画「ノーカントリー」の暗殺者役の俳優も言っている事ですが、あの暗殺者は自然災害や事故といった突然の抗えない人間の死を象徴しているんですと。
 今まさに生きている人間にとっては突然の死なんて理不尽この上ないワケですが、いつどんな事で死ぬかなんて誰も分かったものではないし、天災・病気・事故・戦争・犯罪、死にまつわりそうなもの全てが理不尽じゃないですか。ガンで死んだ人がいます。まぁガンなんだからしょうがないですねなんて思う人もいるかも知れませんが、その人がガンだと分かった時の本人やご家族は「一体なんで⁉︎」と理不尽に思ったのではないでしょうか。
 死はそれがどんなものであっても理不尽だと生きている人は思います。多分。
 死にはだいたいきっかけがあってそれにより人は死に至るワケですが、そのきっかけは人それぞれだし事前にそれが何かを分かる人はいません。まさにいま死ぬ人が「あれがそうかも」と分かる事があるかも知れませんしないかも知れません。どちらにせよ絶対に死なない生き方なんてないんだからそのきっかけを避ける事は出来ないのは間違いない事ですね。
 コーマック・マッカーシーの小説はそういった死生観を持っているものだと思います。また直接的な感情表現(彼は怒ったとか悲しく思ったとか)を書かない所謂ハードボイルド文体がその思想を演出して心に突き刺さってきます。
 死は理不尽という裏返しとして、なんで生命ってあるのだろう、産まれるってどういう事なのか生きているってどういう状態なのかというのも説明しづらい奇跡的な事だと学者達は言います。このとき人間に都合のいいことは奇跡と呼び都合の悪いことは理不尽と呼んでいいかもしれません。ここで言いたいのは死をうまく説明出来ないのと同じく生も上手に説明出来ないということです。
 いま、色々な死のかたちを目に触れる機会が増え、不安に思う人が沢山います。ワタシを含めて。
 ただ死はいつだって理不尽だし生きてる事だって不条理なんだなと。これから先、理不尽も不条理もなくならないでしょう。どうすればよいかと言えば、子供の宝物と一緒です。よいと思うもののよさがうまく説明出来なかったとしても、よいと思えばそれを大切にすればよいのです。
 そんなことを思った読感でした。

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January 20, 2015

フィルムノワール/黒色影片(矢作俊彦) 矢作作品を読むのは至福の時間

611niw57ql_sy344_bo1204203200_ はい。楽しみにしていた矢作俊彦の新作です。
 Twitterで表紙のドタバタが伝えられていたのもご愛嬌で楽しい気持ちになりますね。
 今回は日活アクション映画に捧げられたハードボイルド作品で、宍戸錠も登場させるサービスであります。二村シリーズとの事ですが、元々矢作作品の登場人物は手塚治虫作品のようなスター・システムに近く、名前は一緒でも前作と関連がなかったりするのが常なのですが、今回はロング・グッドバイの後日談のように二村は警察を辞めた形からスタートしているのが、「おっ」と引き込まれます。
 ワタシが夢中になっている矢作作品の面白さの一つは情報量の多さです。ハードボイルド文体を取っている事で表現される比喩や登場人物のシニカルな物言いの中にストーリーと直接関係のない情報がふんだんに取り込まれている事で、例えばヘミングウェイのキーウェストの家の話や往年の映画俳優の逸話が直接それと分からないように盛り込まれいて、そういった情報が何の事か分かると物語が更に芳醇に感じられ、又ある時には伏線になっていたりというところがじっくり読むに値するものなのですが、そこはある程度リテラシーを必要とするものであるがゆえに、好みが分かれるところかも知れません。
 今作では日活アクション作品の名場面をつなぎ合わせてもう一つのドラマを作っているという仕掛けがあり、ワタシの分かる範囲では裕次郎の「赤いハンカチ」や「二人の世界」などのセリフが面白くコラージュ(いやモンタージュ)されておりそういった所を探す楽しみもつきませんでした。
 そして矢作の提唱するハードボイルド小説の中で、探偵は正義のためではなく真実を探求するために街を彷徨い歩くということを踏襲しているところがブレてないですね。
 最後にチョッと泣かせる所もいいじゃないですか。小説は泣かせてくれてナンボですよ。それが哀しくてもカッチョよくても感動であってもいいから泣かせてくれること。これにかぎります。
 楽しゅうございました。

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September 24, 2014

子供はわかってあげない(田島列島) わくわくどきどきで感動しました

51laox1kowl_sl500_aa300_ 青春ラブコメでいてストーリーはハードボイルドにサイキックに展開もやっぱり世の中善意で支えられているハートウォーミング。
 週刊モーニングにて短期連載していた作品が上下巻で発売されています。
 シンプルな絵に対して情報量の多いお話は、読み手の予想の斜め上を行っていて連載中から目が離せなかったですが、張り巡らされた伏線は上下巻一気読みに相応しく、何度も読み返したい名作としてもちろん買いました。
 甘酸っぱい夢物語のようでいてハードボイルドな現実感や切なさもあり思想的。細かいクスグリのギャグ。その全てが優しいシンプルな絵で表現されていてノホホンでユルイ気持ちとなりながらも、行間に結構深いものを感じます。練り込まれて作られたんだなと。感動しました。展開にいちいち驚きがあったのでストーリーには触れられなくゴメンなさい。
 と、オススメします。

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June 05, 2014

テレビに映る中国の97%は嘘である (小林史憲) 現実に合った探偵小説と思って読むとこの上なく面白い

51ygejk15xl_aa300_ テレビ東京で2008年~2013年まで北京特派員として駐在し「ガイアの夜明け」の現プロデューサーである著者が、中国での取材体験を赤裸々に綴ったルポ。
 本のタイトルから、実は本当の中国はこんなにエライことになっているのだ!という内容を想像してしまいますが、別段ワタシの想像を超えるものでもなく「まぁそんなかんじだろうね」という中国の実情でした。ワタシの場合、仕事で向こうに行く時やその後も中国情勢のことは気にしていたし、向こうの人と実際に触れ合った実感もありなので予習済みで驚かないってことかもしれないですが、それにしてもこのタイトルはあからさまに人の興味を煽るにもかかわらず内容を示していなかったです。
 ではどんな内容かといえば、中国での有名事件を追うテレビマンの現地奮戦記といった方が相応しく、そういった見方で読んだときにドえらく面白い本でした。
 ある章は記者仲間で呑んでいる時に中国製毒入りギョーザ事件の犯人逮捕の知らせを受け酔っぱらったまま現場へ急行、犯人の「顔写真」の入手とその「ひととなり」がわかるインタビューを取るための手段と勝ち取ったスクープのほろ苦い結末。またある章は反日デモの取材に危険だと近寄らせない警察との騙し合いと暴徒に日本人だとバレ大変な騒動になる顛末。
 中国のことを上から目線で「しょうがねぇ国だな」と見下すナショナリズムを煽る批評とも違い、悪どい警官と駆け引きをし世の中に皮肉を言いながら都市を彷徨う探偵の小説に近いですね。探偵は正義のためでもなく、ありきたりな事実を知るためでもなく、ただ真実の探求がしたいのだと言ってました。フィリップ・マーロウ(増沢磐二は友情のためだって公言するところがちょっと違うんだよなぁ)。テレビ屋ということであれば景山民夫の「トラブル・バスター」か。
 もちろんハード・ボイルド小説とは違いますが、そういった事件モノの物語が好きな人は大変面白く読めると思います。


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May 11, 2014

遠野物語remix(京極 夏彦、柳田 國男)

9784046532770 柳田國男の名著と言われる遠野物語の現代語訳。
 怪談・妖怪物を分解してミステリーに構築し直す作風で、四谷怪談を切ない純愛ストーリーに仕立てた京極がどのように遠野物語を料理するかと思いきや、独自の解釈・意訳はほとんど入れずそのまま現代語訳としている。大きく意図的に手を入れたのは章立ての順番を変えるということで、各小編の関連性が強調されて、遠野という所・人々がどんなかが、とてもすんなり読み解ける工夫がなされている。このやり方は当たりだし、正しくRemixというタイトル通りで小気味良い。
 もう一つ感じたのは、名調子・名文と言われる原典の文体の肌触りをどのように現代語で表現するかに力を入れている様子が分かることで、序章にある原文のキラーフレーズ「平地人を戦慄せしめよ」はそのままに、書き出しに気合いが入りまくっていて、ちょっと立ち読みして「ああ、これなら持って帰ってゆっくり読みたいな」という気持ちになったものでした。後から調べるとこの書き出し部分だけは原文にない表現を入れているんだけど、この部分こそが京極版遠野物語のワクワクする部分だったです。以下珍しく引用します。

彼の故郷は遠野と謂う。
遠い、野と書く。
どこから遠いのか、どれだけ遠いのか、判らない。

 これが最初にあるだけで、以降の物語の裏に潜む「何か」に想いを馳せずにはいられなくならないでしょうか。この文章に最後まで引っ張られてしまった読感でした。


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April 27, 2014

4月のまとめはバルテュスを発端として

Danjikinotsuki 写真雑誌で知った原久路の作品は、なんとも言えない妖艶さが醸し出されていて、ワタシはたちまち虜になってしまいました。大正時代の診療所を一年借りきって撮影された情景と撮影・現像手法は、全くもって遠い昔に撮られた写真のように感じられるように意図されていますが21世紀の現代作品であります。
 この写真を見て「あれっ」とお気づきの方いますでしょうか。何処かで見た何かの絵に似ていると。それはまさに今東京で行われているバルテュス展のポスターです。十中八九。
 似てるというのではなく、バルテュスの作品を写真で再構成している作品なんですね。原久路の作品は同じ様な構図にしながら全く同じではなく日本の大正時代的なニュアンスを取り入れることで艶かしさを増幅させているところが賞賛に値するものだと思います。
 で、その原久路作品をじっくりとっくり眺められる様な作品集はないものかと探したのですがございませんで、見つけたのが唐作桂子の詩集。装丁がイカしていて表紙を眺めるだけでもなかなかいいじゃんと購入。中をあけてみると最近触れていなかった感覚の言葉にぞくりとする。表紙だけ眺めるなんて言ってすいませんでした。そう。最近、詩といえば流行歌の歌詞くらいしか意識できるものを身近においていなかったし、その流行歌の詩は近年幼稚になるばかりだったからね。真面目に言葉での表現を考え直す良い機会になったなと。特に生な女性の感覚から発せられる言葉はぞくぞくしますね。
2014_balthus そんな前段あり時間を見つけてバルテュスへ。ここで強烈に感じたのは構図・画面構成の計算高さ。妖艶さとかよりそっちの方に気が行って、人物がなく山とか窓だけがモチーフであっても鑑賞に耐えうる力に感服。

 通常なら3つに分けて書く記事でしたが、4月の日記のまとめということで一気書きでした。

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June 04, 2013

斬ばらりん(司城志朗、 川島透)

51ruse4nael_sx230_ もともとは矢作俊彦の原案で川島透が監督して映画化する企画だった幕末時代劇。そのまま企画倒れじゃもったいないと、川島監督の脚本を司城が小説化したそうです。
 幕末の薩摩志士が脱藩する逃亡劇なのですが現代の横文字フレーズで書かれているところが新しいアプローチ。プロットは矢作氏の発案で面白くないものはないです。
 驚いちゃったのは、完結しないで1冊終わっちゃったことで、シリーズ化するのでしょうけど、まさかこの一冊で終わるってのはなしだよ。ホント面白かったから続きが早く読みたーい!

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September 30, 2012

新書コーナーの愉しみと、言霊信仰

 最近ハマっているマキタスポーツが新書を出したということで、本屋の新書コーナーを覗く。
 マキタ氏は「新書という書籍はテンプレートのように作り方が決まっていて、何か言いたいことがあればどんな事でも新書という形に作り上げられる」みたいなことを言っていて、「いわば大喜利のようなもの」という発言にちょっとウケつつ膝を打つ。
 で、コーナーで目に付く本を片端からみていくとだいたい同じような形式の章立てだし、少しの時間で色々な本から重要な論旨の拾い読みができることに気が付く。なるほど。新書コーナーの立ち読みって面白いな。
 そういったことをやっていて今日目にとまったのは井沢元彦著の「なぜ日本人は、最悪の事態を想定できないか」という本。主旨としては「日本人は言霊信仰があり、悪い想定を言葉にしない風習があるから」この主旨もなるほど。
 言霊信仰の例は身近なところでは結婚式の時に「切れる」とか「終わり」とかいう言葉を忌み嫌い使わないとかですか。言葉に出したらその通りになるという言い伝えです。希望に満ちた元気ソングとかが流行ったりとか、こうした風習を背景に考えると日本の社会の色んなことに合点がいくなぁと。
 ま、考え方としては美しいんだけどリアルに危機管理できないのは考え物だね、とか想うところ色々あり。以上新書コーナーでしたぁ、ということでほんの15分。
 マキタスポーツの新書はしっかり買ってきたので、内容は後日折にふれて。

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July 08, 2012

天下の茶道具、鑑定士・中島の眼(中島誠之助)

9784473038180 大好きなコミック「へうげもの」のアニメがNHKで放送されていて、その最後の5分に物語にまつわる現存する茶道具を紹介するコーナーがありました。それを本にまとめたのがコレ。
 全36話あり安土桃山時代の大名物が紹介されていますが、一遍一遍が短いのが残念。
 しかしそれを補って余りあるのが装丁で、なんだかこの本自体を宝物のように扱いたくなります。写真もすべてカラーで色味がなかなかよいのが気に入りました。
 テレビで中島が素人のコレクションを鑑定したあとに、どんなものに対しても「大事になさってください」って言葉を投げかけるあの気持ちっていいよね。大事にする気持ちこそが価値だからね。だからこの本も大事に観たいね。

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March 21, 2012

雨ン中の、らくだ(立川志らく)

51fyol68vpl_sl500_ 先日の落語会で入手したサイン本。
 読みやすいという評判だったので「軽薄な語り口だったらヤだな」と敬遠していたが、読んでみると軽薄な語り口は想像通りだったけど、内容は心に残るものがありました。立川談志論・落語論(落語とは「人間の業の肯定」「イリュージョン」「江戸の風を吹かすこと」)は談志本人の著作がいくつもあり、これが大変マトを得て分かりやすいものなので、わざわざ人の書いたものまで読むのは蛇足というものでしょうが、その理論へのアーティテュードとか解説、そして愛情を分かりやすく示した部分に惹かれた次第です。
 これを読んであの談笑との二人会の演目の意味とか志らく自身が立川流のB面であるといった意味がわかった気がします。
 そしてまた師事することとはどういうことかを明確に定義していて、その定義(師匠と同じ価値観になろうとすること)こそが今の芸能のあるべき姿へのメッセージになっているのでしょう。そういったところから、芸能は「人へのおもい」で紡がれているものなんだと窺い知った思いです。

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