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May 04, 2010

1Q84(村上 春樹)

F0138055_6372867 前にも書いたけどこの本が読みたくなったのは、2巻で終わりと思われつつ解説本なんかが出始めていた矢先、3巻目の発売発表を聞いてのことだった。3巻目にとりかかるにあたって村上春樹の「僕もつづきが知りたくて・・」みたいな発言を読んで、作者がそう思うならあとを引く面白さがあるんだろうなと。
 1984年が舞台になり巻の区切りが4月から3ヶ月ごとに切られていて、3巻目が12月で終わりなのでもう4巻目は出ないだろうね。そしたら1Q85っていうことになっちゃうもん。それとも4月からはじまった84年度ってことで3月まで引っ張るかって?何にせよこの話の主題は2巻目までで全部語られていて、あとは補足みたいなものだから、もういいんじゃないかな。
 1Q84というのは、ごくごくかんたーんに理解すると自分の思っている本当の世界(1984年)と違った世界(1Q84)に迷い込んでしまった話なんだけど、それってよくあることで例えば麻雀みたいなゲームをやっているとき「ああ!本当だったら今頃それで上がっているのにぃ!!」みたいな「本当だったらの世界」と捨てる牌を間違えて変化してしまった「今の世界」の違いの話に近い、というかそういうことである。
 捨てる牌を決めるその人の思考は結局、宿命的に決められているのか何なのか、それは多分その人でも分からない部分がある。そしてその人の意思なのか運命なのか何がしかのきっかけで、世界はその人を飲み込んで換わってしまう。でも、本当の世界って一体なんなの?その人の都合の良い世界が「本当の世界」かというと、そうではないでしょう。世界はちょっとしたきっかけでクルクルと変わってしまう。ではそういう世界の中で僕たちはどう対処していけばいいのだろう?1Q84は、そういったハナシだと思います。
 小説なので麻雀の捨牌に悩むとかそんな小っさなスケールのことを書いても面白くないワケで(いやいや「麻雀放浪記」は直木賞を獲るべき秀作だった)、もともと村上春樹はインタビューの中で「ごく普通の、犯罪者性人格でもない人間がいろんな流れのままに重い罪を犯し、気がついたときにはいつ命が奪われるかわからない死刑囚になっていた」というオウムの林泰男死刑囚について思いを巡らせていたことが小説として結実したのが、この話であります。きっかけの出発点が社会的に大きくシリアスなので何か簡単にテーマを「こーんなもんだ」って言うのが躊躇われますけどね。でも本当は簡単なことだし皆が普通にやっていることなんです。どう転ぶか分からない世界に対応することとは何なのかということは。
 で、そういったテーマは2巻目までで語られておおよその決着があります。3巻目は補足としてこれまでの謎や伏線のようなものを結び付けていく役割、広げた風呂敷を畳んでいく作業だったと思いますが、そここそがエンターティメントとしてカタルシスを生んで面白かったです。ああそことそこの角が合わさると四角くなるのか!みたいにね。パズルの1片1片が繋がっていく快感は、世界は混沌としているようで実は繋がっているんだというメッセージでもあるのでしょう。
 2巻目までは男女2人の主人公の話が章立て入れ替わりで進んでいきますが、3巻目からは第3者の主人公が出てきて、ここからが探偵小説みたくて痛快でした。多分チャンドラーの翻訳とかで色んな引き出しをもらったんだね。
 まーしかし貪るように読みました。切ないほどの純愛とバイオレンス。面白かったです。

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