キラーストリート(サザンオールスターズ)
サザンオールスターズならびに桑田佳祐は、好きです。ライブだって行ってるし、アルバムも全部じゃないけど、結構持っている。
でもなんか、取り巻きがあんまり好きくないので、公言を避けてきていたんですわ。
茅ヶ崎の人たちが、サザンビーチって名づけたり、今はもう無くなってしまったパシフィック・ホテルに肖ったのかなんなのか、「ホテル・パシフィック」ってラブホが134号線沿いに出来たりするのは、くすっと笑えるくらいにカワイイと思うけど、ファンと言う人たちが大勢集まると、マナーの悪いのが目立って、それもヤなんだけど、「みんなぁ、マナーを守ろうよぉ」なんて叫びだす奴がいるのもヤ。
なんていうんでしょ。オトナじゃないんだね。学校の延長みたいな。サザンなんてもう、何十年やってるバンドで、桑田自身もオトナな人だと思うんだけど、なんだかファンや企画する人間も含めて、回りがオトナじゃない感じがあって、「サザン大好き」ってワタシに言いづらくさせる気がしてます。
サザンに限らず、これは、日本の大物ミュージシャンには、よくある傾向かも知れないですね。要するに、日本人が大勢集まるところは、みんなそうなのかも知れないってことです。日本人は、オトナに成り切れていないっていうか、そういうものの縮図が、ああしたファン群集の中に現れているのかなって。
だから、サザンが悪いわけでも、サザンファン特有のものでもないのかも知れないけどね。
ゴタクを色々並べてしまいましたが、今回のアルバムは、純粋に音楽を作る姿勢を見せるような、そんなプロモーションを展開しているようで、これがワタシには痛快でした。
サザンくらいのクラスになると、ルーツがどうだとか、どんな風に作ってるかとか、音楽的な背景よりもむしろ、いかに皆で歌って盛り上がれるかとか、多くの聴き手がそういう捉え方をしているのも事実で、それは沢山売れたことによって、曲が消費されていってしまっているってコトなんだけど、桑田佳祐の才能の背景は、とてもディープなのも事実なのですが、ミュージシャンがそこを語らなくてどうする?ってことを逆手にとって、デビューの頃から、軽薄に消費されていくミーハーのパロディーとして存在して居よう、という意思があったのも事実でしょう。
それが、今回はミュージシャンとして、正攻法のプロモーションを展開している。でも曲も歌詞も妙に気取って渋くなったりせずに、皆が想像するサザンのまんま。
テレビに出てる桑田のパフォーマンスを見て、また、その歌詞のハチャメチャさを見て、ワタシは久しぶりに笑い転げたね。ルーツロックへのオマージュというかパロディーが、ごった煮になっていて、なおかつ日本人に滲みる様な曲と、人をくったような歌詞。ぐうの音も出させないような、きちんとエンターティメントになっているステージング。
正攻法プロモーションとして、面白いのは、今回のアルバムについているブックレットで、桑田の曲解説ですね。おまけdvdも、スタジオ・ワークが延々と綴られていて、面白い。
このアルバムについて語れることは、これ以上無いです。ブックレット読めばそれが全てでしょう。
面白いアルバムなんだけど、2枚組は欲張りすぎでは?
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Comments
こんばんわ、はじめまして。サザンのアルバムをブログで紹介したので、TBさせていただきましたが、もし、失礼に当たったらすぐ消しちゃってください。
ところで、BARIさんの記事、うんうんと頷きながら読んでしまいました。素晴らしいご指摘で納得させられました。そして、そこにこそサザンのすごさがあるという点では私も同感です。もう少しこのアルバムを聞き込んで、楽しみたいですね。
Posted by: tea-put | October 22, 2005 11:25 PM
tea-putさん、コメントありがとうございます。
tea-putさんの記事の、
>>サザンは、その大衆性と音楽への探究心の狭間で揺れ動いているバンドの一つ
という言葉が、ワタシの今回のテーマを端的に表したものであることは言うまでも無く、シンパシーを感じるところです。
今後とも、宜しくお願いいたします。
Posted by: BARI | October 23, 2005 12:40 AM