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October 23, 2004

青春ピカソ(岡本太郎)

picaso.jpg 何と言っても岡本太郎である。知らない人も、「ああ、あれがそうなの」と、知っている人だと思う。
 後期、かなりテレビ・バラエティー番組に露出して、奇人である印象を残しているが、あれはヤラセでしょう。
 ああいう番組に出だしたのは、お昼の番組で子供の描いた絵を評価するというコーナーがあって、それが最初だったと記憶する。 良いコーナーだった。子供の描いた絵は、社会秩序に毒されずに、いわゆるプリミティブな感覚で表現されるからね。それが人間の本当をストレートに出したものでしょう。子供も幼稚園の年長になると、テレビという媒介を持って、社会に毒されて行くんだけど。
 ま、そのコーナーの素晴らしさをさて置き、メディアは岡本太郎の奇人ぶりを主体に置いてしまうので、ワタシは白けて行ったんだけど、岡本太郎本人の本当の凄味は、それでも感じることが出来たと思います。

 世間的には、そういった奇人的な印象しか持たれていない岡本太郎ですが、著書は結構多く残しています。実はワタシも今回初めて読んだんですけどね。意外と言っては失礼ですが、文体は極めてすっきりしていて小気味良く、論点も明確、良い文章を書く頭脳明晰な印象です。もっと読みたくなりますね。

 この本の題材はピカソ。巨人が巨峰を語るという、ピカソに対するエッセイ、論文、ピカソと会ったレポートから成っています。
 面白いのは、ピカソを最大限礼賛して尚、それを破壊し超えてゆく気概を、本当のテーマとしているところです。単なる解説書に留まっていないんですね。勿論、ピカソの解説書として読んでも、十二分に満足出来るものだと思いますが。
 この、解説書に留まっていない部分に、岡本太郎を知るエッセンスが詰まっています。芸術とはどんなものであるかを、まず語らなければ、ピカソは語れないのですから、岡本太郎が語る芸術がまずなければ、話が進まないのは、当然なんですね。
 この本の中で、「芸術鑑賞も創造的である」と語られているのは、痛切に感じ入ります。「ただ単に眺めるだけの鑑賞は、在りえない」と。それ故、芸術家が芸術家に創造の場を語る形で論ずることが、鑑賞者へのガイド足りえるのだ、と言い切る潔さにうれしくなりました。

 もっとこの人の本、読んでみよう。

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