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July 01, 2004

パンクは衝動のパワー、パロディーは人の鏡

 今年の初め頃に衝撃を受けたニュース「Sピストルズのジョン・ライドンがある意味大復活!」の続報みたいな感じで、「セックス・ピストルズのジョンが今度は動物ショーの司会者に」というニュースが出ています。とても見てみたい番組だな。今の日本じゃ、その知名度から、とても無理でしょうけどね。
 さて、パンクというジャンルは、メインストリートを行く保守的なものから脱する為の破壊的なパワーに重きを置き、そこにカタルシスを求めることが王道だと思っているのですが、パンクで広くヒットを飛ばす才能のある人というのは、破壊的であるより寧ろ、人間観察に鋭く、要点を具体的的確に示せる能力があることが、前提であるような気がします。要するに、破壊パワーより保守的なところから脱する理屈がしっかりしていないと、ウケないのではないかと。破壊的であることは、人の目を集めますが、広く共感を得ているものこそがヒットに繋がるはずなので、こうした能力が必要なのです。パンクとしての良し悪しは別としてね。
 また、人間観察に鋭いということは、逆説的であれ、人間自体が好きなのではないかとも考えられるのです。
 既に英国においてジョン・ライドンは、コメディアンの様に扱われていますが、前者のサバイバル番組での彼の行動を読むと、その悪態とか奇行は、自尊心ばかり高くて世間知らずな他の出演者への当てつけとして、振舞っている事が手に取るように分かり、孤立無援で真摯に視聴者に訴えるその姿を想像して、ワタシは感動で泣きそうになったものでした。なんて壮絶に優しい人なんだろうってね。
 笑いというのは、寺山修司も言っているように、在るべき姿と思っているものとのギャップから生まれます。これはどんな小さな事柄でもそうで、例えば、赤ん坊が大人びた仕草をするということで、大人たちが微笑むという「笑い」であっても、その根源は「在るべき姿と思っているものとのギャップ」であるといえましょう。そこを究極にしたのが、パロディーという表現方法だと思います。パロディーを面白いと感じるかどうかは、観る人が在るべき姿を的確にイメージしているかどうかで決まるのです。ブラック・コメディーを本当の意味で笑える人は、的確な倫理感を持っているということなんですね。
 英国はジェントルの国であるからこそ、モンティー・パイソンの様な優れた先達者が育つ土壌もあり、ジョン・ライドンを笑える資格を持つ国なんでしょう。ワタシは感動するばっかりなんですけどね。

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